2-195-KN119

三条通のよもぎ餅

 興福寺五重塔下の猿沢の池からJR奈良駅の方へ緩やかに下る三条通は両側に様々な店が並び観光客の姿も多い。不退寺近くの航空自衛隊幹部候補生学校に入っていたころ週末は市内へ出たが三条通の店で何かを買ったという記憶はない。駸々堂があったのを覚えているがほかにどんな店があったのかもあまりよく覚えていない。その三条通も今は駸々堂がなくなりJR奈良駅へ近づけば近づくほどあのころの面影は薄れ駅前はまるで知らない場所のようだ。

 ゴールデンウィーク明けのBS-TBS「奈良ふしぎ旅図鑑」は東向商店街の入口に近い三条通のよもぎ餅の店、中谷堂(なかたにどう)だった。店先での餅つきが大人気でその猛烈なスピードとけたたましい奇妙な掛け声が観光客を引き寄せ人だかりができていた。この餅つきが客寄せのパフォーマンスだと揶揄されることもあるが意図的なものではない、熱いうちにすばやくつくことでなめらかなお餅になるのだ、と代表自らが語っていた。なるほど、それならきっとおいしいよもぎ餅に違いない、あれ、ちょっとまてよ、この人どこかで見たことがある、白髪を黒くして若返らせれば・・・、やっぱりそうだ、と確信した。

 16年前の2010年は平城遷都1300年の記念の年で様々な企画がなされた。奈良県のマスコットキャラクター「せんとくん」が誕生したのもこのときだった。またNHKBS2では奈良時代をいろいろ探訪する「45日間奈良時代一周」という1回15分の番組が放送された。ぼくは毎回欠かさず見たがわずかな期間ながら若いころ奈良で暮らし仏像観たさに古いお寺を巡った日々が思い出され心がいっぱいになった。
 その放送のなかに東大寺の修二会を取り上げた回があって奈良市民に修二会についてインタビューしていた。奈良の人にとって修二会とはどういうものなんですかというのだ。みんな口々に言っていたことは、修二会が終ると奈良に春が来る、だった。なかでも印象深かったのは最初にインタビューにこたえていた中年男性で、修二会が終って春が来ます、終らないと春にならない、修二会がなかったらずっと冬ですね、と言ったのである。しかし印象に残ったのは言葉ではなかった。その男性はねじり鉢巻きに半袖のトレーニングウェアという姿だった。普通でもどこか妙な格好だが奈良の3月上旬は半袖ではまだ寒い。この人はいったいなにをしている人なんだろうと思ったのを覚えている。
 そう、この人がよもぎ餅の中谷堂のご主人中谷さんだった。なるほどあの餅つきなら3月上旬に外で半袖でも暑いくらいだろう。今年は平城遷都1300年から16年、中谷さんは年をとっても元気だ。昔見たテレビ番組のなかの人物がなつかしいというのは変かもしれないがそういう気分になっていた。

よもぎ餅はあんこが入っておいしそうだった。1個200円と安くはないが高くもない。こんど奈良へ行ったとき中谷堂のよもぎ餅を買って食べてみよう。ああでも、ぼくはまた奈良に行くことがあるんだろうか。 2026年5月17日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)



 ホーム 目次 前のページ 次のページ

ご意見ご感想などをお聞かせください。メールはこちらへお寄せください。お待ちしています。